Think考察 / 思索
器用なら、受験なんてせず公立の学校に行けばいい?
人生の先輩の一言から考えた、中学受験の「本当の意味」。姉弟で国公立を貫いてきた私が、わが子の教育について思うこと。
text by 原 奈都良

先日会っていた人生の先輩が、こんなことを言っていた。
「何でもできる優秀な子どもなら、無理に中学受験なんてしなくてもいいんじゃないですか?」
確かに一理あるなと思う。
私はいまだかつて、私立の学校に通ったことがない。小学校は地元の公立、中学校も同じだ。ありゃ楽しかったな、ホンマに。笑
中学校に至っては設立10年ほどの比較的新しい学校で、地域的にも裕福なご家庭が多かった印象がある。なかなか恵まれた環境だったと思う。
高校は県立、大学は筑波大。そう、国公立魂を一貫して貫いてきている。
ちなみに高校は、落ちていたら私立に行っていた。点数はギリギリだったから、正直運が良かった。
そして姉も国公立。大学は天下のT大だ。
つまり我々姉弟は、「私立」というものを知らずに生きてきている。
他方で、その人生の先輩は中学から私立だ。私立には私立なりの面白さがあると本人が言うのだから、行けば行ったで面白いのだろうと思う。きっと。
とはいえ、自分の子どもの受験は早くて5年後の話だ。
考えはまだまとまっていないが、「まあどこに行っても何とかなる」とは思っている。子どもに対しても、そう思っている。
環境より、自分で判断した回数のほうが人を育てる。どこでも生きていける人間になってほしい。
父より。(急に誰)
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